大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2273号 決定

債権者

全国自動車運輸労働組合

東京牛乳運輸支部

右代表者執行委員長

金山弘

右訴訟代理人

荒川晶彦

外六名

債務者

東京貨物自動車運送労働組合

東京牛乳運輸支部

右代表者執行委員長

富岡重利

右訴訟代理人

小林直人

外二名

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一、当事者双方の求める裁判

債権者――(主たる申立)「債務者の別紙目録<省略>記載の物件に対する占有を解き、債権者の委任した東京地方裁判所執行吏に保管させる。」(予備的申立)「債務者は東京労働金庫本店に対する債務者名義の預金の昭和四一年四月二一日現在における残高中、四〇一分の八三につき、払戻の請求並びに債権譲渡、質権設定等一切の処分をしてはならない。」

債務者――「本件申請を却下する。」

第二、当裁判所の判断

一、当事者間に争のない事実及び疎明により一応認めることのできる事実を概括すれば、次のとおりである。

(一)  東京地方において貨物自動車運送事業を営む多数の企業に雇傭されていた労働者は昭和二一年四月横断的な産業別組織体として東京貨物自動車運送労働組合(以下、旧東貨労ともいう)を結成し、各企業単位に支部を設けた。

そして、旧東貨労は他の自動車運輸事業関係の労働組合とともに昭和二五年一一月二六日全国的な産業別連合体として全国自動車運輸組合連合会を結成した。

一方、旧東貨労の組合員のうち東京牛乳運輸株式会社の従業員をもつて組織した牛乳支部は右会社が東京牛乳運輸株式会社、日本牛乳運輸株式会社、東京車輛整備株式会社の三会社にわかれたことに伴ない昭和二五年一一月企業別に三分され、東京牛乳運輸株式会社に雇傭される約三九〇名だけで、旧東貨労の一支部として東京牛乳運輸支部(以下、東乳支部という)を組織することとなつた。しかし、東乳支部は他の多くの支部と同様、企業別に組織された関係もあつて、結成当初から独自の組合規約を有し、独自の活動をなし得る社団的組織体を成し、独立の単位たる性格を保つた。

(二)  ところが、前記連合会は昭和三三年一〇月一六ないし一八日に開催の第九回定期大会において全国単一組織への組織変更をなすべき旨の基本方針を打出し、次いで昭和三四年一〇月一五ないし一七日に開催の第一〇回定期大会において右方針の促進要綱を決定して、組織単一化の目標及び当面の指置を提案した。そこで、その後、右連合会、旧東貨労及び東乳支部においては、それぞれ次のような組織上の変動が行なわれた。

1 右連合会は昭和三五年一〇月六日から八日にかけて開催の第一一回定期大会において、その組織構成員としては従前の労働組合のほかに労働者個人を加え、また加盟単位としては従前の単位組合及びその連合体のほかに支部を加える旨、そして全国を関東ほか九地方にわけ、その各地方に二以上の加盟単位で一〇〇〇名以上の組織人員があることを条件として地方本部をおくことができる旨並びに名称を全国自動車運輸労働組合(以下、全自運という)と改める旨の規約改正を行ない、これによつて、なお過渡的に連合体的性格を残しながらも組織の単一化に一歩を進めた。

2 旧東貨労(組合員数五六三〇名)は同じく右連合会に所属した王子運送労組その他在京の労働組合(組合員数一〇一五名)と協定し昭和三六年一〇月一八日あらたに全自運の地方本部の一つとして全国自動車運輸労働組合東京地方本部(以下、東京地本という)を結成して、合同するとともにこれよりさき同月八日に開催の第二四回定期大会における決議にもとずき解散手続にはいつた。

そして、東京地本は独自の組合規約を有したが、これによると、労働協約の締結、労働条件の維持改善等を目的として掲げ、東京都、神奈川、千葉、埼玉各県の貨物自動車運輸産業の労働者が個人加盟し、企業別等に支部を組織するものとされ、最高決議機関として、各支部から組合員の直接無記名投票により選出された代議員及び決議権のない執行委員等の役員をもつて構成される大会と執行機関として、大会で代議員の無記名投票により選出される執行委員長、副執行委員長、常任執行委員、事務局長をもつて構成され、日常業務の執行に当る常任執行委員会、及び原則的には各支部から一名選出され、大会で推鷹される執行委員に右常任執行委員を加えて構成される執行委員会とを設け、組合員から定額の組合費の納入を受け、これをもつて経費に充てることとされていた。したがつて、全自運の地方組織として、その名を「地方本部」と称したが、その組織の形態上は既に全自運の単なる補助機関たる域を出て、独自の労働組合たる性格を備えていた。しかも、その規約上、上部団体への加入及びこれからの脱退を大会付議事項と定め、全自運からの脱退の余地すら残していた。そして、その後は右規約にしたがい労働組合としての独自の運営を行う一方、全自運の規約にしたがい、その機関構成員を選出して全自運に送り、また組合員から徴取した組合費の一部を全自運に上納していた。

3 東乳支部は全自運及び東京地本のかような動きに対応し、同月三一日開催の第一六回定期大会において、その名称を全国自動車運輸労働組合東京牛乳運輸支部と改め、かつ、規約中、構成員に関する規定として従前東京牛乳運輸株式会社の従業員をもつて組織するとあつたのを同会社の組合員をもつて組織する旨に改めた。しかし、その他には組織上は格別の変動がなかつたので前記のような独立の労働組合たる性格を失わなかつた。なお、上部団体への加入又はこれから脱退することをもつて大会の付議事項とする旨を定めた従前の規約も残置された。そして、その後はその規約にしたがい労働組合としての運営を行なうとともに東京地本の規約にしたがい、その大会及び執行委員会を構成すべき代議員及び執行委員を選出して東京地本に送り、また組合員から徴取した組合費の一部を東京地本に上納していた。

(三)  そのうちに、全自連の内部に執行部の運動方針をもつて政治的に偏向しているとする批判が強まり、昭和四〇年九月開催の第二〇回定期大会においては執行部提案の運動方針及び予算案が可決されないという事態が発生した。ここにおいて、東京地本の執行部は全自運の執行部の方針に反対し、全自運から脱退することとし、執行委員長中川義和の名により昭和四一年二月二八日開催すべき第九回臨時大会を招集した。そして右大会においては、その構成員として選出された代議員一九七名中、組合費を納入する意思のない支部から選出された三六名が規約中、組合員の統制違反に対する制裁に関する規定(四〇条)の趣旨に基く慣行により代議員資格を認められず、結局これを除外した残余の招集代議員一六一名中、規約の定める三分の二の定足数(一二条)を超える一三〇名(東乳支部選出の八名を含む)が出席して、執行部提案にかかる「全自運の運動方針は偏向して労働組合の基本をふみはずしている。東京地本は全自運から独立し、名称を東京貨物自動車運送労働組合(以下、東貨労という)と改める。なお組織体制には変更を加えない。」旨の議案を審議し、出席代議員中、特別決議に要するものとして規約の定める三分の二の多数(一三条)を超える一二一票の賛成により、これを可決した。そして全自運の規約では、全自運を脱退するには、その中央執行委員長に通告し、中央委員会の議を経なければならないとされている(三二条)が、東貨労に少くとも当時、全自運脱退の旨を全自運の中央執行委員長に通告した。なお、東貨労は機関紙「東貨労」第四号(昭和四一年三月一五日附)に右決議に至る経過及び右決議の効力に関する記事竝びに右決議により従前の東京地本の各支部に冠する名称は自動的に「東貨労」となる旨を記載して、組合員に配布した。

(四)  東乳支部の執行委員会は昭和四一年三月二日東京地本の全自運脱退に対処して、とりあえず対外的には東乳支部に東貨労を冠して呼称することを決議し、執行委員長富岡重利が同月一五日明治乳業株式会社に送付した文書あるいはまた同年四月二〇日東京牛乳運輸株式会社との間に取りかわした覚書には右決議に基き、「東貨労東京牛乳運輸支部委員長」という肩書を用いた。

そして、東乳支部執行部執行委員長富岡重利は同月一四日規約上、大会に次ぐ決議機関たる委員会(一五条)を招集し、その構成員たる正、副執行委員長、書記長、執行委員及び職場委員全員三二名の出席を得、議題として、東京地本が全自運を脱退して東貨労と改称したことの可否につき同月一八日から二日までの間に組合員全員の投票(以下、全員投票という)に付すること及び同月二一日臨時大会を招集して(規約上、臨時大会の招集決定権は執行委員長にはなく、委員会にはあつた。八条)これを審議することを提案したところ、審議の結果、右議案はいずれの点についても規約の定める過半数の賛成(二九条)により可決された。

そこで、東乳支部の執行部は右決議にもとずき、同月一八日から二〇日までの間に全員投票を施行し、組合員総数四二五名中、三〇五名の投票を得、次で執行委員長富岡重利の名により同月二一日臨時大会として規約上、代議員五二名(組合員の無記名投票により選出される。九条)及び役員をもつて構成される大会(七条)を招集し、代議員中、規約の定める定足数たる五分の三(一一条)を超える三八名及び役員八名の出席を得、全員投票を開票したところ、東京地本が全自運を脱退し東貨労と改称したことを承認する者が二五九名、これに反対する者が三五名であることを確認したうえ、東乳支部としても全自運を脱退し東貨労東乳支部と改称することを決議した。

かくて、東乳支部は昭和四一年一〇月二七日第二一回定期大会を開催し、規約上も名称も全国自動車運輸労働組合東京牛乳運輸支部から東京貨物自動車運送労働組合東京牛乳運輸支部(略称、東貨労東乳支部)に改め、かつ規約中、構成員に関する規定を東京牛乳運輸株式会社の従業員たる東貨労の組合員をもつて組織する旨に改めた。

(五)  ところが東乳支部の内部においては、組合員たる金山弘及び小泉道男が東京地本及び東乳支部のこのような動向に反対し、全自運に留まるべき旨を主張して、同年四月一〇頃右主張を記載した文書を他の組合員に配布し、右金山弘ほか二名の組合員が同月五日から二一日にかけて富岡重利(東乳支部執行委員長)に対し同人の代表する労働組合とは関係がない旨を記載した文書を送付し、金山弘ほか五〇名の組合員が同月二〇日右富岡に対し同月二一日の前記臨時大会においては金山らに賛同して全自運に留まることを決議すべきである旨を記載した文書を送付し、また右小泉道男が代議員であつたのに、右大会に欠席する等、全自運脱退反対の動きがあつた。

そして、金山弘ほか、これと意見を同じくする四五名の組合員は同月二一日全自運東乳支部第二一回臨時大会と称して集会を開き、執行委員長金山弘をはじめ、その他の執行部を選出し、また従前の全自運東乳支部の規約に若干の改訂を加えたうえ、右四六名及びその同調者をもつて構成する全自運東乳支部こそ従前の全自運東乳支部である旨を宣言し、直ちに東京牛乳運輸株式会社に対し右事実を通知し、その後、右規約にしたがつて労働組合としての運営を行い、同年五月六日には臨時大会を開催したりした。

(六)  そして、東乳支部は遅くとも東京地本が全自運から脱退の決議をした昭和四一年二月二八日以前において別紙目録の記載の三の各物件を作成し、また東京労働金庫本店と全自運東乳支部の名称で取引を開始し、右金庫から同一及び二の各物件の交付を受けて、その所有権を取得し、かつ、これを占有するに至り、右金庫に対し同目録記載の一、1ないし4の預金債権を取得した。

二、そこで、さらに考察を進めると、

(一)  債権者は全自運が個人加盟を原則とする単一組合であつて支部及び単位組合を以て組織単位とするものであり、東京地本が全自運の右組織化のため、その組織単位との中間に位置する補助機関として設置されたにすぎないという前提に立つて、東京地本が全自運から脱追することは論理上、不可能であり、東京地本の規約上、大会の決議によつて加入、脱退をなし得るとされている上部団体には、もとより全自運を含むものではないから、東京地本がその第九回臨時大会でなした全自運からの脱退及び東貨労との改称の決議は結局、右大会に出席した代議員個人による全自運脱退及び東貨労という新組織の結成とみるほかはない旨を主張するが、全自運及び東京地本の組織形態について、前記認定を覆えして債権者の右主張を認むべき疎明資料はないから、その後段の論議は根拠があるものとは考えられない。なお債権者は全自運を脱退するには、その規約上、中央執行委員長への通告のほか、中央委員会の討議を要するのに、東京地本の脱退はその手続を経ていない旨を主張するが、労働組合からの脱退は、その旨の通告だけで効力を生じるものであつて、たとえ組合規約上、組合機関の討議を要すると定められていても同様であると解する。

してみると、他に特別の事情でもない限り、東京地本は右臨時大会において全自運脱退を決議し、かつ、これを全自運に通知したことにより、適法に全自運から脱退したものと解するのが相当である。

(二)  次に、債権者は当時、全自運東乳支部の執行委員長であつた富岡重利が右東京地本の決議以降、東貨労東乳支部の執行委員長なる資格を呼称して行動したことを捉えて、同人は右決議の時点で全自運東乳支部を脱退し、その執行委員長たる資格を喪失したものであるから、その後招集権のない同人が招集した全自運東乳支部の大会が、たとえ、どのような決議をしようとも、その決議は全自運東乳支部の大会決議としての効力がないのであつて、東京地本の東貨労への名称変更に応じて、東貨労東乳支部と改称する旨の決議をするに至つては、これに賛同する者による全自運脱退及び東貨労東乳支部なる新組織を意味するにすぎない旨を主張するが、当時なお全自運東乳支部と称した労働組合の執行委員長富岡重利が前記認定のように執行部の決議にもとづき大会の決議をまたずに、外部との間において東貨労東京牛乳運輸支部委員長なる肩書を用いた文書の送付、取りかわしをしたからとて、その一事だけで直ちに同人が当時の全自運東乳支部なる労働組合を脱退したものとは認め難いから、債権者の右主張は採用することができない。

なお、債権者は東貨労東乳支部を呼称するに至つた労働組合が昭和四一年四月二一日開催した臨時大会は職場会において適法に選出された代議員によつて構成されなかつたから、適法に成立したものといえない旨を主張するが、前記規定のように、当時執行部と対立して全自運残留を主張する金山弘ほか一部組合員によつて右大会に対する啓蒙運動が行なわれ、また右大会が無視される動きがあつたにしても、それ以上に右大会の構成員たる代議員の選出手続について瑕疵があつたことの疎明はない。

さすれば、当時全自運東乳支部と称した労働組合は右大会において全員投票の結果東京地本が全自運を脱退して、東貨労と改称したことを承認する者が多数であることを確認し、東乳支部も全自運を脱退する旨の決議をなし次いで同年一〇月二七日開催の定期大会で規約を改正して、東貨労東乳支部と改称することを決議したことにより、全自運を脱退する旨の東京地本の決議に服し、全自運を脱退するに至つたものと解するのが相当である。

(三)  そして右のように全自運脱退に反対する金山弘ら四六名の一派は前記認定のように昭和四一年四月二一日富岡重利が招集した東乳支部大会と別個に集会を開き、右四六名及びその同調者をもつて構成する全自運東乳支部こそ、従前の全自運東乳支部である旨を宣言し、その後東貨労東乳支部とは別個独立の労働組合として運営を行なうに至つたが、かような状態が従前の全自運東乳支部の内部において組合の分裂竝びにこれに伴う諸関係の処理を決定する大会決議によるものであることは勿論、多数決にもとづく統一的行動を正常に展開し得なくなつたことによつて生じたものであることを認むべき疎明はないから、金山らはむしろ富岡らの執行部に率いられる多数派に反対して従前の全自運東乳支部を脱退し独自の行動をとるに至つたものとみるべきであつて、東乳支部の組織上分裂が生じたことを意味するものではない。

(四)  このようにみて来ると、債務者組合は、旧東貨労東乳支部を組織の実体とし、その後東京地本の全自運脱退決議に服するまで全自運東乳支部を呼称した労働組合と同一性を有するものであり、一方債権者組合は右労働組合から脱退したものの組織する別個の労働組合であるというべきである。

(五)  したがつて、別紙目録記載の各物件が債権者の所有に属し、また、右目録一記載の1ないし4の預金債権が債権者に帰属するものとはいえない。

三、それならば、本件仮処分申請は、いずれも被保全権利の存在につき疎明を欠き、保証を立てさせて仮処分を命じるのも相当でないから、これを却下すべく、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。(駒田駿太郎 沖野威 田中康久)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例